◆30代女性
〈太極拳をはじめるまで〉
私が身体の異変に気付いたのは四年近く前になります。当時は大病院の小児科看護師として働いており多忙な生活を送っていました。最初は右肩に差し込むような痛みだったのが、一週間くらいの間に徐々に左肩の痛み、右手のしびれ、右半身の痛み、全身の痛みへと広がってしまいました。仕事もできる状態ではなくなり休職しましたが、二ヶ月間診断が付かずに最終的に七人目の医師から「線維筋痛症」と診断され、そこで処方された薬で初めて痛みが緩和されました。
当初は上り調子で元気になっていきましたが、しだいに薬の効果にも限界が見えてきて症状も慢性化していきました。特に朝起きたときと夜寝る前の、痛みと倦怠感に悩まされました。夜間は横になると地面に当る背中が痛いので眠りが浅く、痛みよりも眠気が強くなる朝方までぐっすりと眠れない状態で、常に睡眠不足でした。
一年近く経過しても病状に変化がなく、フルタイム・夜勤付きの多忙な元職場への復帰は夢のような話でした。その頃、通っていたクリニックでたまたま半日勤務の看護師を募集していたので、悩んだ末に転職することになりました。それから約二年半経過しましたが、半日以上働くと症状が悪化するのは変わらず、病状に変化はありませんでした。
今まで色々な民間療法・補完代替療法を試しました。鍼灸整骨院(一年通いました)・一回二万円の整体(数回)・アロママッサージ(アロマテラピー検定1級取得)・「にんじんすりおろしジュース」「プルーン」「梅肉エキス」・アルカリイオン生成浄水器・自宅でヨガ・ウォーキング・テレビ体操・園芸療法・森林浴・温泉…それぞれに良い面がありましたが、大きな変化はありませんでした。直伝霊気(レイキヒーリングの元祖)は痛みが和らぐ感じがしましたが、安静にしていなければならず(安静時痛があるので)頻繁にはできませんでした。ただ、これはのちに気功・太極拳で「気」の感覚を早い段階で習得するのに役に立ったと思います。また、疼痛緩和のための自立訓練法や筋弛緩法のCDをよく聞いて実践していたのも、今では呼吸法・気功をする上で役立っていると思います。
〈気功・太極拳の体験〉
病状に変化が無く三年半が過ぎようとしていた頃、「線維筋痛症に太極拳が有効」という米国の医学雑誌The New England Journal of Medicine誌の論文要約を見つけました。すぐに原文の英文をコピーして読み始めると、太極拳の効果が様々な尺度から検証されていて非常に説得力があり、とにかく体験してみることに決めました。主治医の先生に相談してみると、NEJM誌は審査の厳しい権威ある医学雑誌であり、非常に信頼性が高いとのことで、太極拳の研究が掲載されていることに非常に驚かれていました。論文に書いてあった「古式楊式太極拳」で調べて見つけたアクティクラブに体験に行きました。(文末に自分で作成した要約を添付しています)
初回体験では見よう見まねで気功をしていたのですが、先生の手からスライムのような柔らかい「気」のかたまりを感じて衝撃を受けました。とにかく「目から鱗!」という感じで、「気」が存在することをはじめて体感しました。医学論文にも「vital energy(or qi)」(生命エネルギー(あるいは気))とあり、「気」は気持ちのことでも宗教的なものでもなく、科学技術では測定できないけれど実際に存在する「生命エネルギー」だということです。
初回体験を受けるまでの数ヶ月間は特に不調で、夜間に何度も痛みで目が覚めるのが日常になっていたので、いつも寝不足でぼんやりして顔色も青白く疲労していました。初回体験のあとは身体がぽかぽかして温泉に浸かっているような感覚が何時間も続き、不思議なくらい倦怠感が取れました。痛みの強い背中も暖かくほぐれるようで、その夜も久しぶりによく眠ることができました。心も穏やかになり、気のエネルギーが心身を癒す感覚が心地よくて、迷わず入会を決めました。初回の段階で症状に合った自宅練習法も教えて頂いたので、レッスン日以外も毎日続けることができました。一週間もすると、「顔色が良くて別人のよう、すごく元気そう」等と周りから言われるようになり、私の改善ぶりを見て驚いた主治医の先生もアクティクラブに通い始めました。
〈気功・太極拳で、快適な楽しい生活に〉
朝目覚めたときと夜寝る前は、筋肉が緊張してこわばり、特に背中が痛くて強い疲労感があります。まずは揺禅気功と致柔気功をしてこわばった身体をほぐします。すると徐々に痛みとこわばりが緩和されてくるので、立禅をします。痛みが弱くなりエネルギーが沸いてきたなぁと思ったら、余裕があれば統合太極拳(と楊家太極拳)の習ったところまでをやります。まだ入会して一ヶ月余りですが、その一連の流れを毎朝・毎晩することで、一日のはじまりと終わりがすごく快適になりました。寝付きの痛みも緩和され、夜間の痛みで目が覚めることはほとんどなくなり、深い睡眠になってきました。
とくに揺禅気功の良いところは、やりはじめの早い段階で「気」がたくさん出て長時間「気」がめぐり、効果が長続きすること、身体全体のインナーマッスルがほぐされるので、痛みが強くこわばった背中の筋肉や首筋もほぐされて身体全体が楽になるところです。はじめて揺禅気功をした翌朝目覚めたとき、痛みや疲労感が無くてびっくりするくらい爽快でした。また、仕事の後も効果が続くので仕事帰りの電車での背中の痛みも感じないくらい快適です。痛いのが標準という感覚麻痺のような状態で四年近く生きてきたので、気功・太極拳で痛みがゼロに近いくらい緩和されたときは、その快適さに驚いたのと、「実はけっこう痛かったんやなぁ」と改めて自分の痛みの強さに気付かされたくらいです。今でも痛みゼロにまでなることは少ないのですが、痛みレベルは強くても5/10くらいから普段は2/10くらいまでは軽減できるようになりました。内服薬は副作用で仕事に支障が出るため、痛みがあっても我慢して仕事の休みの日しか飲んでいませんでしたが(多くて週二回)、それも今では全く飲まなくなりました。
もともと発病まで四年間フラメンコ舞踊を習っていたので体を動かすことは好きでしたが、音や振動、筋肉の緊張や急な動作が痛みに繋がるので激しい動きはできませんでした(最近、自宅でフラメンコを少し踊ってみたのですが、首・肩・下肢に痛みが出てほとんど踊れませんでした)。気功や太極拳の動作はとてもゆったりしているので、病気の痛みを誘発・悪化させるような刺激のある動きはありませんので安心して続けられます。今でも長時間の仕事や外出をすると痛みが出て疲れやすいのですが、気功・太極拳教室の場合はレッスンが終わる頃には教室に来た時よりも痛みが緩和されて元気になります。また、太極拳の動きは想像していた以上に美しくて、型を覚えて進んでいく感覚は純粋に楽しいので、うきうきした気持ちで通っています。
避けられない宿命であっても、自分の力を高めることで変えていく「立命」という言葉があることを先生から教わりました。病気と戦うのでもなく、諦めるのでもなく、気功・太極拳をさらに深く身につけることで自分の中にある潜在的な癒しの力を高めて、症状を緩和して病気を克服したいと思います。
今は認定リウマチケア看護師を目指して勉強中です。線維筋痛症だけでなく他のリウマチ性関節炎全般にも太極拳が有効という文献もあり、海外では関節炎のための太極拳プログラムを広めている医師も居られます。病状に配慮しながら、気功・太極拳を自己管理のひとつの選択肢として患者さんたちに伝え、一人でも多くの人が苦しみから解放されて、病気に左右されずに健康的・主体的に生きる喜びを感じてもらえるようになることを願っています。
追記1 (2012年)
習い始めて半年以上経ち、痛みの程度も弱くなって、痛みはほとんど意識しないくらいのことが多いです。たまに1/10レベル、強くても3/10程度で、今も薬は全く飲んでいません。しびれや倦怠感もほとんど無くなり、生活・睡眠や仕事に支障が出ることも無くなりました。体力もついてきたので、このまま続けていけば、以前よりも芯の強い健康な身体になれそうな気がしています。
追記2 (2014年10月)
習い始めて二年半が過ぎました。身体が凝ってきたら立禅や揺禅氣功をしてリラックスし、身体をゆるめることが習慣になり、薬いらずの生活を続けることができています。薬を飲んでいた頃は将来のことは諦めていたのですが、薬をやめられたことで自信を取り戻し、思いがけず結婚することもできました。引越して生活が大きく変化しましたが、線維筋痛症特有の疼痛・倦怠感も無く、病気だったことも今ではすっかり忘れてしまうほどです。統合太極拳、楊家太極拳をマスターし、形意拳、柳生心眼流も習っています。習い始めた当初は形意拳のような勢いのある動きは痛みが伴うので怖くてできなかったのですが、痛みの閾値が上がった(正常になった)ことで、今では足底を床に打ち付けるといった衝撃のある動作も痛みなくできます。軸が安定して体力もついて、病気になる前よりもっと強く健康になったと感じています。病気のお陰で氣功と太極拳に出逢い、多くの人に助けられて人生がより深く豊かになったことに感謝しています。
「線維筋痛症に対する太極拳の無作為化試験」の要約 The New England Journal of Medicine誌 「A Randomized Trial of Tai Chi for Fibromyalgia」
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米国の医学雑誌The New England Journal of Medicine誌の2010年8月19日号に、太極拳が線維筋痛症に有効と示唆する論文が報告された(363:743-754)。原題は「A Randomized Trial of Tai Chi for Fibromyalgia」。研究者はChenchen Wang氏他。以下、抜粋し要約した。詳細については原文参照:http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa0912611#t=article
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線維筋痛症に対する太極拳の無作為化試験
背景
線維筋痛症ガイドラインには、薬物療法や認知行動療法、健康教育、運動を含めた多分野にわたる治療法で体調管理するように示されている。運動は有益であり、治療法の中心として主張されてきている。しかし実際には、強い痛みがあり筋力が乏しいので運動は難しく、薬に頼っていることが多い。
太極拳は深呼吸やリラクゼーションだけではなく、ゆっくりとした穏やかで優雅な動きと瞑想とが結びついて、生命エネルギー(気)が身体中を流れる。そのような心身への働きが線維筋痛症治療に特に適していると考えられる。太極拳は米国において筋骨格や精神的健康の調整のために実践されている。先行研究でも、太極拳は線維筋痛症患者の症状を軽減し、生活の質(QOL)を改善させることを示しており、リウマチ性関節炎や変形性関節炎のような他の慢性的なリウマチ性疾患の患者にも治療上有益となる可能性があることも示唆している。
研究方法
2007年7月から2009年5月にかけて、ボストンにあるTufts大学医療センターにおいて研究を行った。米国リウマチ学会の線維筋痛症診断基準(1990年)を満たす21歳以上の患者を選んだ。選ばれた66人の患者を太極拳群と対照群の二つのグループに無作為に33人ずつ割り当て単盲検試験を実施した。どちらの群も毎週2回、毎回60分間のセッションを12週間行い、24週目に追跡調査を行った。平均年齢50歳、86%が女性、線維筋痛症罹患歴は平均11年。参加率は太極拳群で77%、対照群で70%。治療薬の投与は継続された。
太極拳群
20年以上指導経験のある太極拳熟練者の指導のもとに、古式(こしき)揚式(ようしき)太極拳の中から10の型を実践した。太極拳の原理に基づく動きや呼吸法、リラクゼーション法によるウォーミングアップ、セルフマッサージも行われた。少なくとも自宅で毎日20分は練習するよう指導された。試験期間終了から24週目までの間は、指導用DVDを用いて太極拳の練習を続けるよう奨励された。
対照群(健康教育+ストレッチ群)
はじめの40分間は健康に関する専門家から健康教育を受けた。教育内容は、「線維筋痛症の診断基準」、「ストレスコーピング法と問題解決法」、「ダイエットと栄養について」、「睡眠障害と線維筋痛症」、「痛みの自己管理と理学療法・薬物療法」、「身体的健康と精神的健康」、「健康とライフスタイルの管理」である。残りの20分は上半身、体幹部、下半身を伴って、15~20秒間ずつ保持するストレッチを実践した。毎日20分ずつ自宅でストレッチ運動をするように指導された。
評価結果
・12週目における、平均値のベースライン(試験前の値)からの変化 (表1)
FIQ | PSQI
(睡眠) |
痛み度 | 圧痛点 | 歩行試験 | SF-36
身体 |
SF-36
精神 |
CES-D
(抑うつ) |
CPSS
(自己効力) |
|
太極拳群 | -27.8 | -3.6 | -2.5 | -1.0 | 60.6 | 8.5 | 7.7 | -8.1 | 1.5 |
対照群 | -9.4 | -0.7 | -0.6 | 0.02 | 16.3 | 1.4 | 1.6 | -2.3 | 0.5 |
群間差 | -18.4 | -2.9 | -1.9 | -1.1 | 44.4 | 7.1 | 6.1 | -5.9 | 1.0 |
P値* | <0.001 | 0.001 | 0.002 | 0.02 | 0.007 | 0.001 | 0.03 | 0.005 | 0.06 |
*P値:P値が0.05より小さい場合に推計的有意性を示す。小さくなるほど有意性が高い。
FIQスコア(線維筋痛症質問票:痛みの強さ、身体機能、疲労、朝の疲労感、こわばり、抑うつ気分、不安感、仕事の困難さ、総合的な健康の項目を含む。0点から100点。高い点数ほど症状が重い)
太極拳群でFIQスコアが顕著に減少。平均値(±SD:標準偏差)は、太極拳群でベースライン 62.9±15.5 点→12 週目 35.1±18.8 点。対照群で68.0±11 点→58.6±17.6 点
PSQIスコア(ピッツバーグ睡眠質問票:0から21。高スコアほど睡眠の質が悪い)
太極拳群は対照群と比べて睡眠の質が大きく改善。
疼痛評価
主観的な痛み度 (VAS(ビジュアルアナログスケール)法。0から10の範囲で大きい数ほど強い痛み)、医師の測定による圧痛点の数(全部で18点)ともに、太極拳群で有意に疼痛が減少。
6分間の歩行試験(6分間の歩行で達成した距離を測定(単位1yard=0.9144 m))
太極拳群で顕著に距離が増えていた。
SF-36(身体的・心理的なQOLの指標:0から100の範囲。高いスコアほど健康状態が良好)
身体的・精神的項目ともに太極拳群でより大きく改善。
CES-D(0から60の範囲。高い点数であるほど重い抑うつ状態にある)
太極拳群で有意に改善。
CPSSスコア(1から10の範囲。高いスコアほど慢性疼痛の管理に対して自己効力感が強い)
太極拳群で改善したが、群間差は有意では無かった。
・24週目における平均値のベースラインからの変化
太極拳群では24週目でもFIQの改善が持続した。ベースラインから24週目までのFIQスコアの変化は-28.6、群間差 -18.3(P値<0.001)。睡眠の質、疼痛評価、SF-36の身体的・心理的項目、CES-Dスコアにおいても、太極拳群では24週目も有意に改善されたまま維持された。
・臨床的意義のある改善(表2)
12週目 | 24週目 | |
太極拳群 | 79% | 82% |
対照群 | 39% | 53% |
P値 | 0.001 | 0.009 |
表2は、FIQスコアが8.1以上減少した場合を“臨床的意義のある改善”と定義した場合に、当てはまる患者の割合を示す。太極拳群では非常に多くの患者が当てはまった。
疼痛や睡眠の質、CES-D、SF-36のスコアも、臨床的意義のある改善をした患者は太極拳群で多かった。
・薬剤の使用
太極拳群で31人中11人、対照群で26人中4人が、いくつかの線維筋痛症治療薬の内服を中止したが、群間差は有意ではなかった(P値=0.09)
・有害事象は報告されなかった。(72時間以内に解決できる軽い筋肉痛は有害事象には含めなかった)
結論
太極拳は線維筋痛症患者にとって有益であり安全な治療法であることが示された。
運動は線維筋痛症患者の筋力を増強し、呼吸法やゆったりした動きが体の休息と心の静けさをもたらして、痛みの閾値を上げて「痛みのサイクル」を断ち切ると考えられる。また、神経化学物質や鎮痛剤と同様に神経内分泌や免疫機能に影響を与えることで、患者の健康状態を高め、QOLが向上すると考えられる。
今後より多くの症例と長期間にわたる研究をすることで、研究結果をさらに普遍的に評価し、治療法としての理解を深めるだろう。
(米国国立衛生研究所(NIH)・米国国立補完代替医療センター(NCCAM)他から研究助成を受けた)
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☆補足:太極拳教室を選ぶときのポイント
・自分のペースで進められて、痛みや苦痛がない範囲で無理なく続けられる。
・見学・体験をさせてもらえて、自分に合っているか吟味できる。
・症状を理解し、個人に合わせた指導をしてもらえる。
・武術や演武の側面を強調せず、健康目的であることを理解してもらえる。
・必ず、気功・呼吸法を共に指導している。
・古式・古伝等の伝統太極拳を指導している教室が望ましい。
文責:奥野真理子(リウマチ科看護師) 監訳:金山良春(日本リウマチ学会認定専門医)
監修:先崎(せんざき)高弘(正宗(せいそう)楊家(ようか)太極拳弘徳会アクティクラブ代表)